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インターフェースとしての言語

海外 メモ

トリリンガル

 同僚に英語/ドイツ語/スウェーデン語を堪能に扱う人が居る.堪能というのはあくまで私から見てであって,本当に堪能なのかは不明だが,少なくとも(私の英語でのコミュニケーションのように)意思の疎通が出来ていない状態でないことは,明らかである.

 あるとき気になって聞いてみた.「どの言語で考えてるんだ?」そして,「どの言語で夢を見るんだ?」と.
 彼は,「考えてるのは,たぶんスウェーデン語だ.夢は覚えてないよ(笑)」と.スウェーデンでの生活が年単位になってきて,スウェーデン語での会話が増えてるから思考はスウェーデン語ベースになってくるらしい.オーストリアに居たときはドイツ語だったそうな.
 夢は覚えてないよというのはまさにその通りだと納得してしまった.そもそも夢の内容を正確に覚えていない.映像の印象(おそらくそれに後づけされたであろう効果音のようなものは)強く残るが,日常使用している言語をもちいて会話した記憶はほとんど残っていないではないだろうか.

日本語フィルタ/英語フィルタ

 スウェーデンで半年以上過ごして,人の脳は特定の言語に縛られていないと思うようになった.思考はアブストラクトな言語で行われていて,それを「日本語フィルタ」や「英語フィルタ」を通して外部に出している,と.日本語しか知らない状態では,日本語と思考が密にリンクされているので,その状態で英語をしゃべろうとしたら,

アブストラクト言語→日本語フィルタ→英語フィルタ

と通さざるを得ない.これが慣れてくると,

アブストラクト言語→英語フィルタ

と直にいくのではと,思う.脊髄反射や,キャッシュとでも言うのが適切なのかもしれない.

言語フィルタの活用

 英語フィルタ/スウェーデン語フィルタ/ドイツ語フィルタ の切り替えが流暢に出来ているのが,先の同僚なのではないだろうか.自分の頭の中に浮かんだ言葉を言語フィルタを通して言葉にし,口から発する.この使い方を習得できれば,他言語の習得も楽になるような気がする*1

英語で考える

 最初に海外に来たときよりも,幾分か英語が出てくるようになり,やっと上の考えに至った.だが,高専時代の英語教師はそろって,「英語で考えろ」と言っていた.それらはすべてこの事に繋がるのかと,今更ながらに思う.*2

 幼少期からの英語/国際語教育を行う際には,言語の教育よりも,頭の使い方の教育を行うべきではないだろうか.(海外で生活する/英語で講義を受けるなど)英語にどっぷり浸かる以外に,この頭の使い方を学べる方法があるのかは,私には分かりません.

メタ言語で伝える

 一方テクニカルに考えると,アブストラクト言語で伝えるのが一番ロスが少ないように思う.しかしそれはその言語が共通であればという前提のもとでしか成り立たない.この部分は感情の起伏に大きく左右される部分であり,また,自分の感情によって分岐した方言であると考えるので,これをそのまま伝えたら単なる動物の喧嘩(もしくはそれ以下)にしかならないだろう.

ん,まてよ?

 アブストラクト言語はどうやって構築されるんだ?無限ループ?

*1:欧米語にしか触れた事が無いので定かではない

*2:拡大解釈の念もぬぐえないが